2000-09-19 第149回国会 参議院 決算委員会 閉会後第5号
業者の言葉として、「どうせ談合は分かるわけがないし、お座なりのことをやって「談合は確認できませんでした」としておしまい」になってしまうんだと、こういうことが公然と言われているわけであります。時間がないからといって、焦っている、談合どおりの落札があっても強行突破をしていると。
業者の言葉として、「どうせ談合は分かるわけがないし、お座なりのことをやって「談合は確認できませんでした」としておしまい」になってしまうんだと、こういうことが公然と言われているわけであります。時間がないからといって、焦っている、談合どおりの落札があっても強行突破をしていると。
いたずらに権限を集中し、上意下達方式にすれば、大学の活性は失われ、お座なりの管理運営しか期待できない。 ということを言っているわけで、そういう意味では、本当にこの合議制というのを大事にしながら、そしてこれが、国会と行政府の関係のような、まさに民主的なやり方で行っていくというのが当然だと思います。
さらに、「こういう事態に対処するためには、お座なりの文化財行政では歯がたつわけがない。
そしていま言われましたように、あなた方検査したと言われますけれども、水俣に行かれて国の審査会は何か一時間ぐらいのお座なりな検査をしただけで、もう五、六年も保留、要観察になっておった人が一時間ぐらいの検査で棄却というかっこうで出ているわけですよね、受けておる患者さん側にとってみますと。
ですから、こういうふうな事情になったのには、やはり何といっても相手であるところの理事者というものがあるわけですから、私はそういう意味では、自治省というのはいわゆる職員団体の指導下にある職員に対して人件費が高いということで攻撃するけれども、どうも首長に対する教育というか、いわゆる管理者教育というものを従来余りにもお座なりにしてきたというふうな点を感じますけれども、その辺についてはいかがですか。
ですから、日本の海洋に関する限り非常に重要ですから、大臣がただお座なりの答弁をされるのではなくて、国務大臣の責任においてこのことは銘記していただいて、大至急に——日本のほんとうにあしたの国益というものの主体が海洋問題に移るだろうと思います、もし極端に言いますと。
○宮之原貞光君 答弁の限りでは私から反論することはないんですけれども、ただここだけのお座なりの答弁であってもらっては困るんです。文部省は、普通、いままでの例なんだけれども、何もかも都合が悪いと、これは地方教育委員会や県教委の自主性にまかせるんだと、こう言って、自分がやらにゃならぬ場合にはその自主性を頭から押しつけさせておるというのが、私の知る限りの文部省の指導態度なんです。
信頼関係ということがほんとうに立証されるためには、アメリカが今度ニクソン大統領の訪中をきめる前に、日本が十分考えられるだけの時間的な余裕を持って日本にほんとうの意味の協議をするという態勢がとられておってこそ、初めて日米の信頼関係と言えるのであって、アメリカのニクソン大統領が発表するその三分前に佐藤総理大臣が知るというようなお座なりのいわば何というのか、人を小ばかにしたような、事前に教えてやったじゃないかというていさいだけととのえればいいのだというような
そうでなかったら、健康の問題にしたって、労災の特別加入の問題にしたってお座なりになりやすいと思いますから、今度の法律が実施されるに当たっては、省令でそういうことをやりますというくらいのことを言明してもらって、この問題に取り組んでいただきたい。
そういう点をもう少し掘り下げて、今度のコロニーにこれだけの資本を入れていいものをつくってもらうというそのスタートですから、私は、前回の質問にも強調いたしましたように、いままでの援護施策というようなお座なりのものになっちゃいけない、そういうようなことが考えられる。
そうしませんと、私どもずっと見ますけれども、やはりお座なりの質問しかできないことにもなりますので、これは要望として申し上げておきたいと思う。
ただ、何月何日からどうという事務的なことになりますと、これは私がここで申し上げるのは、これはよくおわかりと思いますが、しかし、私の心がまえは、私はいいかげんにお座なりで言っているのじゃありません。目標を持っております。だから私の心がまえとしては、三月末までには何とかひとつそろえたい、こう考えております。
それはいいですが、一応こういうようなことはあとで——労働省来ておりますか、労働大臣を要請しているわけですが、これは通達のときも言いますけれども、とにかくお座なりで、一定の機会をつかまえてその期間にぽっとおこられない程度に、チャンスを逸しない程度で通達を出して、それで事なれりという傾向が見えるから、そういう意味で私自身は気持ちの上で別にどうということはないけれども、それではほんとうは行政指導ということについてはやはり
審議会の委員を見なさい、大体政府の息のかかった連中が学識経験者として、これは大臣の任命だから、毎年毎年同じようなメンバーが審議会委員として出席して、マンネリズムの中にお座なりな審議をしているに過ぎない。苦言を聞くだけのやはり雅量を持って審議会というものに活を入れる。これがない限りは、あなたの持っておる審議会の数をふやそうが、あるいは減らそうが、本質にはこれは何ら基本的な新風が吹き込まれないと思う。
それともその辺の検討は、いままでどおりのお座なりの検討で立てようとするんですか。このところは経済企画庁としては、やっぱり真剣に考えてもらいたいと思う。
何でもお座なりでもって、まあまあ、三方円満にというのがいままでのあり方だ。これでは公共という名に私はふさわしくない。この意味で国鉄等の踏切の立体化あるいは高架の問題、これについては、関係の自治大臣と建設大臣を私は呼んでもらいたい。まずこれを委員長に希望しておきます。
○永岡光治君 これはおそらく私もそうじゃないかと思うのですが、お座なりの会議になってしまうのです。やりましたというだけですよ。それでは実行上生きてきません。
特に本年は災害がひどく、部落全体が壊滅的な被害を受けるというような事例も出たにもかかわらず、政府の災害対策は、例年どおりのきわめてお座なりなものであるということは、はなはだ遺憾と言わなければなりません。
そのときに、会計検査院の検査がお座なりだったというので、私は当時委員長で、もう一人の係の方と所管の局長と、——あなたがその時分に所管の局長をしておられた。課長と委員長室に来てもらって、そうしてこのずさんなやり方をあなたに私は忠告申し上げたことがある。そういう体験をあなたは経てきておられる。そうして院長になっておられる。あなたは総理大臣から院長にしてもらったと思っているが、とんでもないことですよ。
○辻原分科員 後段に言われた引き下げの努力をしてまいりますというのは、お座なりの答弁じゃないのですね。私が心配するのは、これは時間があれば詳しく聞きたいのだが、最近の人件費あるいはその他の諸経費、さらに支店網の拡充とか、そういった立場からいきますと、いわゆる資金コストというものがむしろアップの傾向にあるのじゃないかということを懸念するわけです。